
私は先端材料部に所属し、眼鏡関連の部材や装置関係の営業を担当しています。扱う商品は、眼鏡のレンズに「撥水性」や「反射防止効果」など機能性を高める薬剤、レンズの洗浄やハードコートを行う装置・パーツ・関連部材などが中心です。この分野では日本のメーカーに技術優位があることから、ほとんどが輸出で、欧米を中心に東南アジアや中国とも取引をしています。海外のお客様に商品を販売する窓口は、当社の現地法人。それらの各拠点に対し、いわば橋渡し役として日本からの情報を伝え、現地の反応についてフィードバックを受けながら、全体のコーディネートをしていくのが私の役割です。
海外とのやりとりは英語が中心ですが、言葉だけでなく文化や商習慣などさまざまなハードルがあります。米国、欧州各国、アジア諸国それぞれに考え方や方法も違います。それでも、結局は人間対人間。言いたいことをまずしっかりと主張し、相手を尊重しながらぶつかっていけば、異文化の壁は乗り越えられますし、それを乗り越えて取引することにやりがいを感じています。
高価な装置をフィリピンのお客様に輸出したときのこと。そのお客様は約10年前に当社が取引して以来、繰り返し装置をオーダーしてくださっていた長年のお得意先。自分としては経験のない高額な取引であったことに加え、長年当社へ信頼を寄せられているお客様の期待にお応えしなければと、より緊張感をもって業務を遂行しました。お客様のリクエストに沿って現地から送られてくる図面を自ら翻訳し、国内メーカーの技術者と折衝し、不明な点があれば現地に飛んで詳細を詰めていく真剣勝負の日々。最終的に装置を搬入し、稼動するところを目にしたときは、大きな達成感とともに安堵感を覚えました。
このように言うと何もかもうまくいったように聞こえますが、現地へ出張した夜、メーカーの技術者の方と食事をしたとき、「もっと装置のことを勉強しなきゃダメだよ」と叱られることもありました。しかし、厳しくも温かく指導してくださる方が、社内の上司・先輩はもちろん社外にもいることは、大きな財産であることに気づいたのもこのとき。私は人に恵まれている、日々の仕事でそのことを実感しています。
「光学分野ならまかせろ」と言えるところまで成長していくために、いずれは海外現地法人で勤務し、日本ではできない経験をどんどん積みたい。その想いは、入社後2年目の春から変わっていません。当時まだ新人に等しかった自分に「一人で行ってこい」と、会社は海外出張へ送り出してくれました。海外旅行の経験すらなかった自分が、アメリカのお客様の工場で装置を検査するのに立ち会い、折衝の議事録を書いたり、現地の展示会で説明役を任されたり。マンハッタンのスケールに「これがアメリカか!」と感銘も受けました。一つひとつが新しく、視野が広がる感覚。このときの経験が、今の私の原動力になっています。やる気のある若手にどんどん「投資」し、チャンスを与えてくれる環境があることも、三木産業の大きな魅力のひとつだと思います。

英語を勉強しつつ国際関係の研究に打ち込んだ学生時代。就職活動中、お世話になった教授から「億単位のスケールの大きな仕事をしてみては」とアドバイスを受け、紹介されたのが三木産業だったという。「化学の知識はなかったものの、海外拠点が4箇所あってグローバルに活躍できそうだと確信し、入社を決めました」。
入社後にバイクの免許を取って早々、3連休のときに東京から四国を一周してきて以来(いま思うと無茶ですが)、ツーリングがやみつきになっています。社内外にもバイク好きがいるため、時には数人でツーリングに行くことも。また、社内の野球とフットサルのサークルに所属しており、大会や練習に参加して楽しんでいます。
