三木家の祖・第1世與吉郎規治が、徳島の地に住みついたのが、1580年(天正8年)です。その後、94年を経て現在の三木産業の基となる商いを開始したのも、同じく三木家先祖伝来のこの地、すなわち徳島県板野郡松茂町です。
そして400年以上も先祖代々住みつづけたこの由緒ある地になおも想い出を深めゆくため、三木産業関係者で 1982年(昭和57年)に有限会社松鯉園を設立しました。 この松鯉園という名も、約10,000平方メートルあまりの広大な屋敷内にある庭園の名称をそのまま名付けたものでありますが、築山あり、古木あり、名石ありで、多彩です。

徳島・松茂町中喜来。 樹木に囲まれた広い境内に東京の浅草寺を模した観音堂が建っています。これは1877年(明治10年)3月、第9世光治が建立したもので堂内には浅草寺観音堂の分身が安置され今も町民の厚い信仰を集めています。

氏神さんとして町民から信仰されている松茂町中喜来浦の春日神社の境内に、生涯の神様といわれる「大國主神社」が祀られています。 この神社はもともと、藩政時代徳島県名東郡寺島(現在の徳島市)の藍方役所構内に祀られていた大国主命の社でしたが、荒れるままになっていたのを第11世順治が 1885年(明治18年)5月、この地に遷座して藍の神様として祀ったものです。 100年を経て社殿の損傷がひどく、昭和58年当社が中心となってこれを修復し、7月16日に竣工式を挙行しました。
