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染料界へ本格参入 大正年間1912年~1926年

ドイツ カレー染料会社の販売権を獲得 1910年~

前記大同藍株式会社の設立により、当社の販売権は同社に吸収され、当社は一特約店に過ぎなくなってしまいました。

 しかし、200余年にわたって藍業界に重きをなしてきながら、今さら一特約店に甘んずることはできません。藍に代わるものとして着目したのが、新しい技術によって生産されるようになった輸入染料でありました。

 折よく、ドイツのカレー染料会社が日本進出を企図し、当社との提携を望んでいたので両社間の話は順調に進み、当社はこのカレー社染料の一手販売権を得て1910年(明治43年)、輸入染料の本格的な営業活動に乗り出しました。

第12世 與吉郎康治

第12世 與吉郎康治

工業薬品界にも進出 1914年~

明治末期からの不況は大正時代に入り売れ行き不振や輸入過剰などで次第に染料業界にも影響を及ぼしはじめました。

 しかし、1914年(大正3年)6月、第1次世界大戦が勃発するや様相は一変し染料価格は異常な高騰を示し、今までにない活況にわきました。当社もまた、この恩恵に浴したことはいうまでもありません。

 ところが、この活況も束の間で戦争の相手国ドイツからの染料輸入がストップしたため、深刻な状況に追い込まれることになりました。

 この打開策として政府が染料の国産化を奨励したため、多くの染料工場が出現しました。つねに発展を目指す当社はこうした工場群が生産する国産染料の取扱いをはじめる一方で、染料工場が大量の工業薬品を消費することに着目して、工業薬品の販売という新分野へも進出しました。

染料ラベル 鸚鵡

染料ラベル 鸚鵡

時代の要請に応え株式会社として発足 1918年~

阿波藍を源流として染料界、さらには工業薬品界に根を下ろした当社は、新しい時代の要請に応えて株式会社として組織を改めることになりました。

 1918年(大正7年)4月1日、三木與吉郎商店の業務一切を継承し商号を変更して、新しく株式会社三木商店の発足をみたのでありました。当社が株式会社となった年の11月、第1次大戦は終わり、経済界は急速に不況ヘと追い込まれ、加えて、1923年(大正12年)9月、関東一帯を襲った大震災の被害にあってその後の数年間は業績の沈滞が続きました。

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